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続、入院から、退院。 [雑感]

入院期間中、大部屋での生活が始まりました。

部屋で他人様と寝て過ごす経験は少なく、さてどうなるやらと
おっかなびっくりで始まった入院生活。

まず始めたのは、その日の出来事を、マメにノートに書くことでした。

看護師さんからの入院時の説明から、入院生活の時間やらなんやら、
自分が体験、経験した事を、時間とともにノートに記していきました。
書く事は、基本、自分に身に起こった事だけというのは、書いていて気がついた事です。

そうすると、言われた事を忘れていた、ということが少なくなり、
看護師さんにも私にも都合が良いことが多かった、そのような印象です。


本当に、看護師さんにはお世話になりっぱなしで、少しでも自分が貢献できそうなのは
あまり迷惑をかけるような事をしない(笑)、ことのように、思えました。
忙しいお仕事をプロ意識を強く持っておられる方が多かった。

それと、病院ベッドの上で寝ては起きて、食べて、排泄して、寝て起きて食べて、の
生活を繰り返していると、考えるものです。
なぜ入院をしなければいけないのだろうかと。

物理的に考えれば、安静状態にしていて、栄養と食事のコントロールが出来るのであれば
入院生活をする必要も無いはずです。
ですが、そこを敢えて(といいましょう)入院しているという事は、それだけ、入院生活における
病状の回復のコントロールが、病院側の都合が良い、そういうことも含まれているのだと考えます。

なるほど、それならばその病院側の意図のひとつを、いかに効率よく自分に還元させるかとなると、
看護師さんたちの話を良く聞いて、そのまま実行する、それが効率が良い病院生活なのではないかと
勝手に考えて実行した結果、退院する最後の晩には、hirochiさんの術後の経過は理想的な結果になった、
と、おほめの言葉?を頂きました。

周囲を良く観察していると、術後、思った以上に軽快に動けるようになったと、
病院内を自由に動いている人たちの多くは、数日後に色々困っておられる様子でした。
同じ症状の方々のブログを観察していても、どうも調子が良くなりそうな時に油断をして、
普段に近い生活を病院内で求めようとしている人たちの経過は、
悪いモノの原因の一つのように見えてきました。

なるほど、調子が良くなっても、うろつきまわらず、ベッドの上で安静にしているのは
理由がとにかくありそうだと、これは自分でも実感した事でした。

入院生活中、洗濯物の管理は自分で行っていましたので、屋上の洗濯場へ移動したときに
洗濯物を終えた後、体調がすこぶる悪くなったのを感じました。
洗濯機が使われる前の早朝に動いたこともそうだったのかもしれませんし、
術後の経過が順調そうに感じていたのも、自分の錯覚だったという事を、身をもって知りました。

ノートには、その日に購入した品物の品目と金額を書いたり、これは自分の入院生活時の生活費の
管理を目的にしていたのですが、なかなかに便利な事でした。
買い忘れや、買い過ぎということも無く、手元にあるモノの消費量を的確に把握し、正確な予測を立てる。
そういった、効率の良さを体感することが出来ていました。
すると、人間というものはそういう生き物なのか、自分が正しい事をしているのだと、勘違いしはじめました。
その時に、持っていった文庫本の中から、このような自分を客観的に見させてくれる文章に出会います。

それに、正しい生活をした御蔭で天国に行った事は行ったのだが、ただ几帳面に暮らす習わしがあっただけで、正義とは何かについて本当に智慧を働かしていたわけではなかったのだから。
小林秀雄 考えるヒント 角川文庫 21頁

あぁなるほど、この文章に出会うために、この本を読んでいたのかと思えます。

とはいえ、正義とは何かと智慧を働かせるような能力も無い私が考え付いた事は
探す必要もないけれども、院内を歩いていて、目の前にゴミが落ちていたら、
拾ってゴミ箱に捨てよう、でした。

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